わきが・体臭・多汗 ミニコラム
便はなぜクサイ?
五味クリニック院長
五味常明
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朝のひととき。
これから始まる慌ただしい一日を前に、お父さんは束の間の私服を満喫しています。そこは、一坪足らずではあるけれど、世俗の憂いから隔絶された聖地。夕べはぐっすり眠れたし、朝ごはんも美味しかった。快眠、快食、そして三番目もOK。ほとばしる水音を背に、「さあて今日もがんばるゾー」
張り切って出てくると、娘が不機嫌な顔です。「お父さんのトイレのあと臭くてイヤ。これからは私が使ってから入ってね。時差使用お願い!」
なんたること! アレは、もともと臭くて当たり前ではないか。臭くて悪いか!?
憤懣やるかたないお父さんは通勤電車に揺られて考えます。
(昨日は何を食べたっけな? 揚げたてのテンプラ定食と、行きつけの喫茶店でコーヒーを飲んで、晩飯はカタカナだらけのイスニック料理だった。いやエスニック料理だった。みんな美味しかった。それなのにどうして、次の朝にはあんな臭いものになってしまうのか。そもそも父親の便のほうが臭いなんて、いくら何でも偏見、差別じゃないか……??)
お父さんの気持ちは分かります。しかし便の臭いは、歳をとったり、体調が悪かったり、あれやこれやで悪臭が強くなることがあるのです。
お父さんのおっしゃる通り、便は必ず臭います。無臭便などありません。
便は、もともと食べ物です。食べ物は様々なニオイ物質を含んでいます。その食べ物が消化され、吸収された残りかすが便なのです。だから便は臭う。
便に特有な臭いは、主にメチル・メルカプタンという化学物質ですが、これはタマネギやマメ、ニンジン、ジャガイモなど、多くの食べ物に含まれている成分で、ときには香料の素材にすらなります。
ですから便は、本来ニオイはしてもクサイものではないはずです。実際、赤ちゃんの便は心地よい香りに思えることすらあります。それでは、どうして便は不快な悪臭を放つのでしょうか?
便のなかではタンパク質が分解されて、いろいろな物質が発生します。アンモニア、インドール、スカトール、硫化水素…じつは、こうした面々が諸悪の根源なのです。
とくに、悪玉菌と呼ばれるウエルシュ菌や大腸菌が腸で増えすぎると、これがタンパク質や脂質を分解し、発酵させて、いわゆる腐った食べ物のニオイを発生します。
人間は、自分の安全を守るため、腐ったものには本能的に拒絶しますから、こうしたニオイがたまらないわけです。
さらに、見た目に汚らわしい感じが拍車をかけてしまいます。はるか太古の時代、便のニオイは「私がここを通ったぞ」と主張する手段だったのですが、その意味がなくなってしまった現代人にとって、便は臭いもの、嫌なものとなってしまった次第です。
しかしです。
排泄物イコール腐敗物ではありません。便に不快な臭いが強いとしたら、それは便が何かの原因で腐敗物になったためです。
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